コミュニケーションを拓いた発明家たち

ワード・クリステンセンとランディ・シュース:BBSが拓いたオンラインコミュニティの夜明け

Tags: BBS, 電子掲示板, オンラインコミュニティ, コンピュータ通信, 非同期コミュニケーション

コンピュータが人をつなぎ始めた時代:BBSの誕生

現代、私たちはインターネット上の様々なプラットフォームを通じて、世界中の人々と瞬時にコミュニケーションを取ることができます。しかし、コンピュータ通信の黎明期において、このような双方向の交流はまだ夢のような話でした。その歴史を語る上で欠かせないのが、「BBS」、すなわち電子掲示板です。そして、その最初期のシステムを開発したのが、ワード・クリステンセン氏とランディ・シュース氏でした。

彼らが作ったBBSは、コンピュータ通信の新たな地平を切り開き、物理的な距離を超えた「オンラインコミュニティ」という概念を生み出すきっかけとなりました。それは、現代のインターネットフォーラムやソーシャルメディアへと続く、重要な一歩だったのです。この記事では、BBSが生まれた背景、その仕組み、そしてそれが人々のコミュニケーションにもたらした変革について掘り下げていきます。

吹雪から生まれたアイデア:BBSが求められた背景

1970年代後半、パーソナルコンピュータ(パソコン)が登場し始めたばかりの時代、コンピュータはまだ一般家庭には普及しておらず、高価で専門的な知識が必要なものでした。しかし、一部の技術愛好家たちは、個人でコンピュータを持つことに情熱を燃やし、ユーザーグループを作って情報交換を行っていました。

シカゴには、そうした熱心なコンピュータユーザーが集まる「シカゴ・エリア・コンピュータ・ホースメン (CACHE)」というグループがありました。彼らは定期的に集まり、新しい技術やソフトウェアについて語り合っていましたが、当然ながら集まれる時間や場所には限りがあります。情報の共有は、会合時か、あるいは郵送によるニュースレターが中心でした。

1978年1月、シカゴを記録的な大吹雪が襲いました。この悪天候により、CACHEの定例会は中止に追い込まれてしまいます。ワード・クリステンセン氏とランディ・シュース氏は、この時に「コンピュータを使って、いつでも情報交換できる場所があれば良いのに」と考えました。これが、世界初のBBSとなる「CBBS (Computerized Bulletin Board System)」誕生の直接的なきっかけだったと言われています。

ダイヤルアップでつながる「電脳」の掲示板:BBSの仕組み

BBSの仕組みは、現代のウェブサイトとは大きく異なります。当時、インターネットは研究機関などに限られており、一般には普及していませんでした。BBSにアクセスするには、電話回線とモデム(データを音に変換し、電話回線で送受信する装置)が必要でした。

利用者は自分のパソコンからモデムを通じて電話回線に接続し、BBSのホストコンピュータが持つ電話番号にダイヤルします。接続が確立されると、利用者のパソコンはホストコンピュータと通信できるようになります。

CBBSのような初期のBBSは、主に以下の機能を持っていました。

ホストコンピュータは、多くの場合は個人やグループが所有するパソコンが使われていました。しかし、一度に接続できるのは1人だけという制約がありました。別の人がアクセスするには、前の人がログオフするまで待つ必要があったのです。この「1回線1ユーザー」という制限は、初期BBSの特徴であり、後続のパソコン通信サービスやインターネットとの大きな違いの一つです。

距離を超えた「たまり場」の誕生:コミュニケーションへの変革

BBSの登場は、人々のコミュニケーションに劇的な変化をもたらしました。最も大きな変化は、物理的な距離や時間の制約を超えた情報交換と交流が可能になったことです。

それまで、コンピュータに関する情報を得るには、専門誌を読むか、ユーザーグループの会合に参加するか、あるいは直接知人に尋ねるしかありませんでした。しかし、BBSがあれば、シカゴの自宅からカリフォルニアのBBSにアクセスして、その地域のユーザーと情報交換することも原理的には可能になりました(ただし、当時の長距離電話料金は高額でしたが)。

BBSはまた、共通の趣味や関心を持つ人々が集まる「仮想の場」を提供しました。特定のコンピュータ機種のユーザーや、特定の趣味を持つ人々がBBSを立ち上げ、そこには同じ興味を持つ人々が集まってきました。これは、まさにオンラインコミュニティの原型でした。顔見知りではない人々が、ニックネーム(ハンドルネーム)を使って気兼ねなく意見を交換し、困っていることを助け合う。こうした文化は、BBSから始まったと言えるでしょう。

さらに、BBSは非同期コミュニケーションを普及させました。電話のようにリアルタイムで相手と話し続ける必要はありません。自分の都合の良い時にメッセージを投稿し、相手も都合の良い時にそれを読んで返信する。このスタイルは、現代のメールやインターネットフォーラム、SNSの投稿など、多くのデジタルコミュニケーションの基盤となっています。

ソフトウェアの共有も、BBSの重要な役割でした。当時は市販ソフトが高価であったり少なかったりしたため、ユーザー同士が自作プログラムやパブリックドメインのソフトウェアをBBSを通じて共有しました。これは、後のオープンソース文化の萌芽とも言えます。

BBSは、一部のマニアックな層に限られたものでしたが、彼らにとっては日常生活に欠かせない情報源であり、友人との交流の場となりました。「今日、あのBBSに何か新しい情報はあるかな?」とワクワクしながら電話をかける。そんな光景が、世界中のパソコン愛好家の間で広まっていきました。

発明家の情熱と苦労:クリステンセンとシュースの挑戦

ワード・クリステンセン氏は、熱心なプログラマーであり、コンピュータの可能性を追求する人物でした。ランディ・シュース氏は、コンピュータハードウェアと電話技術に詳しかったと言われています。CBBSは、この二人の共同作業によって生まれました。

開発は容易ではなかったでしょう。当時のパソコンの性能は現代とは比較にならないほど低く、メモリもストレージも限られていました。電話回線とコンピュータを安定して接続するための技術的な課題も多くありました。彼らは手探りで開発を進め、試行錯誤を重ねながらCBBSを完成させました。

クリステンセン氏はCBBS以外にも、ファイル転送プロトコルである「XMODEM」を開発するなど、初期のパソコン通信技術に多大な貢献をしています。これらの技術は、その後のBBSやパソコン通信サービスにおいて、標準的なものとなっていきました。

彼らはCBBSを営利目的ではなく、純粋なコンピュータ愛好家の情報交換の場として開発し、公開しました。彼らのこうした貢献は、後に多くのBBSが世界中に広がる土壌を作ることになりました。

現代へ繋がるBBSの遺産:オンラインコミュニティのルーツ

BBSの時代は、インターネットの普及と共に終わりを告げましたが、その遺産は現代の様々なコミュニケーションツールの中に息づいています。インターネット上のフォーラム(掲示板)は、BBSのメッセージボード機能の直接的な後継者と言えるでしょう。特定の話題について情報を交換したり、質問をしたり、回答したりするスタイルは、BBSで培われたものです。

さらに広く見れば、TwitterやFacebookのようなソーシャルメディアにおける「投稿」と「閲覧」という基本的な非同期コミュニケーションの形も、BBSのコンセプトに通じる部分があります。共通の関心を持つ人々がオンライン上に集まり、情報を共有し、交流するというコミュニティのあり方は、BBSが切り拓いた道です。

BBSは、単なる技術システムではなく、人々の間に新たなコミュニケーションの形と文化を生み出した発明でした。それは、コンピュータが単なる計算機ではなく、人々と人をつなぐメディアとなり得ることを示した、歴史的な出来事だったと言えるでしょう。

まとめ:電脳の夜明けをもたらしたBBS

ワード・クリステンセン氏とランディ・シュース氏によって開発された最初のBBSは、コンピュータ通信の歴史における重要なマイルストーンです。吹雪の日の不便さから生まれた彼らのアイデアは、モデムと電話回線を通じて人々がオンライン上でつながる世界を現実のものとしました。

BBSは、物理的な距離を超えた情報交換、共通の関心に基づくコミュニティ形成、そして非同期コミュニケーションという、現代では当たり前となったコミュニケーションのあり方を提示しました。彼らの発明と、それを利用し発展させた多くの人々によって、私たちは今日のような豊かなオンラインコミュニケーション環境を享受できているのです。BBSは、まさに電脳世界の夜明けをもたらした、コミュニケーション革命の重要な担い手でした。